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三田紀房先生インタビュー
三田紀房(みた・のりふさ)1958年、岩手県北上市生まれ。明治大学政治経済学部卒業後、西武百貨店に入社し、紳士服を担当。実家の衣料品店の手伝うため、同社を退職し、30歳のとき『Eiji's Tailor』でマンガ家デビュー。代表作はドラマ化された『ドラゴン桜』など。
このインタビューを読んでくださるみなさんは、たぶん漫画が大好きだったり、定期的に漫画を読む習慣がある人だと思います。
そしてこれは自信を持って断言できることですが、みなさんはもうそれだけで大きなアドバンテージを得ている。学生だろうと、ビジネスマンだろうと、漫画を読むことでとてつもなく貴重な情報を手に入れている。これは間違いありません。
特に今の20~30代なんて、テレビも見ないし、新聞を読まないし、経済雑誌も読みません。せいぜい好きなブログをチェックする程度で、情報の洪水にさらされながらも、その情報を掴みきれてない。
だから定期的に漫画を読んでいるということは、それだけ確かな情報源を掴んでいるということで、他者を大きくリードすることができます。
僕の個人的な感覚で言わせてもらうと、ビジネス書を100冊読むよりも、ひとつの漫画を通読するほうがずっと役に立ちますね。僕もビジネス書を出すことになって、売れてるビジネス書を何冊か読んでみたんだけど、驚くほどつまらない。結局ビジネス書なんて、どこかの誰かがいい加減な記憶をもとに個人的経験を語っただけのもの。だから立派そうなことが書いてあるわりに、意外なほど役に立ちません。
それに比べて漫画は、漫画家と編集者が毎週議論を重ね、しかも常に読者の声に耳を傾けながらつくりあげていく。だから、時代のニーズをリアルタイムで反映させながら成長していきます。ビジネス書のように独善的になることもなく、ほんとうに面白いものや役立つものだけが生き残っていくんですね。
僕は大人になるまで、それほど熱心な漫画ファンではありませんでした。特に買い集めた漫画があるわけでもなく、定期購読していた漫画誌もありません。
そんな僕が漫画家になった理由は、お金がなかったから。大学を卒業後、一般企業に就職したのですが、父親が体調を崩したこともあり、岩手の実家で稼業を手伝うようになりました。ところがもう個人商店が流行るような時代じゃないし、過疎化は進むしということで商売にならない。
それでこの先どうしようかと悩んでいたとき、雑誌をめくっていたら漫画の新人賞の応募広告が載っていて、思いきって応募することにしたんです。田舎で再就職先もないし、それこそ今月や来月のお金に困るような状態だったから、それくらいしか選択肢がなかったんですよ。
ただ、当時から思っていたのは出版社や編集者が求めているのは、「ものすごい可能性を秘めたダイヤの原石」よりも「使える即戦力」だろうな、ということ。だから斬新で前衛的な漫画ではなく、王道をしっかり踏まえた漫画を描いていれば、それなりの需要はあるだろうと思っていました。
それで応募した作品が運よく入選して、編集の方から「もう一本描いてみて」という話になり、漫画家としての道がスタートしていきました。
だから僕にとっての漫画は趣味の延長などではなく、純然たるビジネスです。そしてビジネスだからこそ、どこまでも厳しく、そして真剣に取り組んでいます。
こんな話をしていると漫画家という仕事をナメているように聞こえるかもしれませんが、そんなことはありません。漫画家として成功するには、途方もない努力と類い希なる才能とが必要になります。
そして僕は客観的に考えて天才ではないし、できれば努力もしたくない。だから、当初は平均点を少しだけ上回るような70点レベルの漫画を描いて、定期的な収入が得られればそれでいいと思っていました。
でも『クロカン』という高校野球漫画の連載中、担当の編集者が「一番をめざしましょう」と言ってきたんですよ。それまで誰からもそんなこと言われたことなかったのに。それで彼の情熱にほだされるかたちで、売れている漫画を徹底的に読み返してみました。
すると、売れている漫画というのはカリスマ的な主人公がいて、常識では考えられない破天荒なことばかりやって、絶体絶命のピンチをくぐり抜け、ライバルや強敵を退けていく。それまで僕が描いていた「等身大の主人公」とは程遠いところにある。
それで『クロカン』の主人公・黒木にも型破りなことばかりをやらせてみると、たしかに読者アンケートの反響がよくなってくるんです。もちろん、そんなに単純な話ではないのですが、とにかくこの作品が僕にとって最大の転機になったことは間違いないですね。
『ドラゴン桜』の企画は、偶然から生まれたものなんです。
『クロカン』がある程度話題になってくれたおかげで、講談社『モーニング』のほうから連載をやってみないかという話をいただいたんですね。漫画家として『モーニング』の連載陣に名を連ねるということは、野球でいうとメジャー球団からスカウトされるようなもの。これは絶対に失敗できないぞ、と僕も意気込んでいました。
ところが、当初予定していた企画がボツになって、編集者から「できれば学園ものでやってほしい」という注文を受けました。でも、それまで甲子園漫画を描いていたこともあって、どうしても学園ものには気乗りしなかったんですよね。
だって、たとえば「不良だらけの高校にやってきた破天荒な教師が、生徒たちを更正させていく」というストーリーがあったとしても、最終的なゴールはせいぜい「生徒が真面目になる」といったレベルですよね。甲子園で「日本一」をめざす高校球児に比べて、あまりにも到達点が低い。自分の気持ちとして、盛り上がらないんです。
じゃあ、学園もので甲子園に匹敵するくらいのゴールはなにか?
答えは簡単、東大です。どうせやるなら「日本一」をめざしたい。勉強で日本一といえば東大に決まっている。そんなシンプルな思いから「東大に100人合格」という目標を掲げた、『ドラゴン桜』の構想が生まれました。
そしてこの企画を提案したところ、モーニングの担当編集者は「それは面白い。それで行きましょう!」と賛同してくれました。ただ、彼のアシスタントだった若手の編集者はそんな話は面白くないと猛反対。実際に東大出身だった彼は「だって東大なんか、簡単に入れますから」と、あっさり言うんです。
「東大が簡単だって?」
結局、このひと言がきっかけで『ドラゴン桜』の企画が本格的に動きはじめました。初期のころに紹介した勉強法は、この若い編集者が高校時代にやっていた勉強法なんですよ。
ただ、僕が当初思い描いていた『ドラゴン桜』は、弁護士である桜木建二が経営破綻に追い込まれた高校を再建していく、というもの。「東大に100人合格」というのはサブストーリーであって、あくまでも経営破綻した組織を再建していくことに主眼を置いていました。そのため、連載前には弁護士さんにも取材して、破綻処理や再生機構などについていろいろと勉強していたんです。
ところが、読者は「東大に100人合格」のほうに反応してくれた。毎週返ってくるアンケートを読んでみると、みんな「どうすれば東大に合格できるか教えてくれ」という内容なんですね。
ここが連載漫画の面白いところで、読者からの声はすぐさま作品に反映することができます。そこで東大受験のノウハウをもうちょっと書いてみると、大きな反響が返ってくる。「もっと知りたい」というハガキがどんどん届く。
それで僕も当初考えていた学校再建というストーリーは脇に置いて、たった1年で東大合格をめざす新しいタイプの受験漫画として軌道修正していったんです。その意味でいうと『ドラゴン桜』は、読者と一緒につくっていった漫画といえるのかもしれません。
ひとつだけ幸運だったのは、主人公の桜木が弁護士という設定だったこと。そのため、基本的に勉強は各科目の先生に任せて、桜木はもっと大切な生き方や考え方を指南する役回りになりました。
弁護士だから、当然弁舌も巧みだし、どこまでもロジカルに「真実」を語っていく。ただ感情をぶつけるだけの熱血教師とは、一味も二味も違うキャラクターなんですよね。
たとえば、桜木は一度も生徒に手をあげたことがありません。昔の熱血教師なら一度や二度くらい「愛のムチ」を振るうこともあるのかもしれませんが、それがない。というのも、生徒に手をあげるというのは感情が高ぶって爆発するということです。もし、桜木がそれをやってしまったら、彼の「論理」は足元から崩れてしまう。
その代わり、桜木は生徒を「言葉」でぶん殴ります。ぐうの音も出ないような正論と厳しい現実を突きつけて、言葉と論理によって生徒(矢島や水野)たちを叩きのめす。世の中に溢れている甘ったるい幻想を徹底的にぶっ壊す。そして「俺に勝ちたければ、俺より頭良くなるしかねえんだ」と言う。これが桜木という強烈なキャラクターが支持された理由なんだと思います。
よく桜木の発言は大胆だと言われるんですけど、たぶん桜木が言うようなことって、みんな腹の中では思っているんです。「東大ならどこでもいい」とか「最下位でも合格は合格だ」とか「金にキレイも汚いもない。金は金だ」とか。でも、なんとなくそれは言っちゃいけないことになっている。そんな身もフタもない本音を代弁してくれる存在が桜木なんだろうし、結局そういう「本音で語るリーダー」が世の中にいないということじゃないのかな。
親も教師も政治家もキレイ事しか言わない。お互いそれが世の中ではなんの役にも立たないキレイ事だってことはわかっているのに、やっぱりキレイ事から抜け出せない。そんなジレンマが蔓延しているんだと思いますね。
ちなみに『クロカン』の主人公である黒木という監督も、かなりズケズケと本音をぶつけます。生徒に「野球を教えてほしけりゃ金を払え」って要求するくらいですからね。
ただ、彼は感情を見せる。悩みもするし、ミスもする。これは彼が「プレーヤー」だからなんです。選手と一緒に戦うプレーヤーとしての監督像を描きたかったから、あそこまで人間くさい面を出しました。
その点、『ドラゴン桜』の桜木はプレーヤーではないんですね。だから感情に動かされる場面がほとんどない。よく黒木と桜木の違いについて質問されるんですが、最大の相違点はここにあると思っています。
もし『ドラゴン桜』が受験ノウハウを教えるだけの漫画だったら、こんなに長く連載されることはなかったはずです。 僕は連載漫画の魅力って、「成長」なんだと思います。失敗や挫折をくり返しながらも一歩ずつ成長していくキャラクターと、同じ時間を共有して一緒に歩んでいく感覚。連載漫画の醍醐味はここにあります。映画や小説ではちょっと得難い感覚ですからね。 だから『ドラゴン桜』も、受験ノウハウ漫画としてではなく、矢島と水野という落ちこぼれ高校生の成長物語として読んでもらいたい、という気持ちはあります。僕がもっとも力を入れたのもそこですから。 この「漫画全巻ドットコム」というサイトでは、どんな漫画も全巻パックで販売しているということですが、キャラクターの成長を楽しみ、連載漫画の醍醐味を味わうには全巻揃えてしまうのが一番ですよね。もちろんこれは『ドラゴン桜』に限った話ではなく、どんな漫画にも言えることです。 きっと昔読んだ漫画だって、全巻を通して読むことで新たな発見があるはずだと思いますよ。
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